ペンギンが教えてくれた物理のはなし 渡辺佑基

はじめに

こちらの動画で紹介されていたので読んでみました.

私は生物学にはあまり馴染みがありませんがスラスラと読み進めることができました.
専門的な話が易しい文章で書かれており,各章の内容が章末で簡潔にまとめられているので理解しやすかったです.

著者の渡辺佑基さんは国立極地研究所の准教授で,極地に生息する生物の生態を調査されています.
フィールドワークでの失敗談や感動した経験がユーモラスに書かれており,生態調査の面白さや難しさを感じることができました.

また,著者は優秀な研究者であることがわかる箇所があります.
第4章で最も深く潜水できる動物は誰かという話題があります.そこでは2035m潜れるマッコウクジラがチャンピオンだが,将来アカボウクジラ科のクジラによってこの記録は破られると予想されています.
本書が出版された後,文庫版が出版されるまでの間にアカボウクジラの2992mという最大潜水深度が記録され,この予想は的中しました.
著者の研究能力の高さとバイオロギングの有用性がわかるエピソードです.

本書のタイトルには「ペンギンが教えてくれた」とありますが,ペンギンよりもアザラシのほうが登場回数が多く印象に残りました.
所々に登場するペンギンやアザラシの微笑ましいエピソードも本書の魅力の一つです.

アカボウクジラが記録更新

多様性を認めたうえで確かな普遍性をすくい取る

生態学は多様性を重んじる学問だと著者は述べています.

生態学は多様性を重んじる学問である。多種多様な植物や動物が環境中に同居していることこそが自然の本質であり、だからそれをむやみに単純化することなく、正確に記述しなければならないとされる。
渡辺佑基. ペンギンが教えてくれた物理のはなし (河出文庫) (p.21). 河出書房新社. Kindle 版.

一方,物理学は普遍性を重んじる学問です.多様に見える事象の中からシンプルな法則を見つけ出すことを目的としています.
この相反する2つの学問を結びつけるのがバイオロギングです.
バイオロギングで得られるデータにより,捉えどころがない動物の生態を物理学の視点から解き明かすことができるのです.

生態学の基本的な考え方を示した以下の文章は生態学の難しさと面白さを同時に表していると思います.

普遍性を決めてかかるのではなく、多様性を認めたうえで、そのなかに漂う確かな普遍性を両手で掬い取る、そういうふうでなければならない。
渡辺佑基. ペンギンが教えてくれた物理のはなし (河出文庫) (p.192). 河出書房新社. Kindle 版.

アザラシはなぜ潜水病にならない?

高い水圧に長時間さらされたスキューバダイバーは浮上時に潜水病の危険にさらされます.
しかし人間よりも深く,長く潜水することができるアザラシは潜水病に苦しむことはありません.これはなぜでしょうか?
この謎を解き明かすためにアメリカのパー・ショランダーはアザラシに深度計を取り付け潜水時のデータを取得しました.これがバイオロギングの原点です.

この問いの答えは,アザラシは潜水時に肺の中の空気を吐き出してしまうからです.
潜水病の原因は空気中の窒素が血中に取り込まれてしまうことです.
深く潜るほど血管に高い水圧がかかり,より多くの窒素が血液に溶け込みます.この状態で急浮上すると水圧が一気に下がり血液中の窒素が泡となって毛細血管をつまらせます.これが潜水病です.
アザラシは空気中の窒素を取り込まないために,肺の中を空っぽにしてから潜るのです.

それではなぜアザラシは長時間潜水できるのでしょうか?
アザラシは血液と筋肉に多くの酸素を蓄えることができます.
肺以外に大きな酸素ボンベを持っているのです.
また,低酸素への耐性が高く,人間なら意識を失うレベルまで酸素量が下がっても泳ぎ続けることができます.
さらに水の抵抗を減らす流線型の体や「潜水徐脈」によって酸素の消費速度を下げています.

つまり肺以外にも大きな酸素ボンベを持ち,ボンベの中の酸素をゆっくりと最後まで使い切ることができるため長時間の潜水が可能になるのです.

ショランダーの実験以降,バイオロギングの技術は海洋生物の潜水行動を計測するために発展してゆきます.
ちなみにアザラシやペンギンがよく調査対象に選ばれるそうですが,これは比較的体が大きく警戒心が弱くて捕獲しやすいからだそうです.かわいいですね.

おわりに

本書は他にも動物の生態に関する面白い事柄がたくさん紹介されています.

  • 遅く飛べる鳥は速くも飛べるが,速く飛べる鳥が遅く飛べるとは限らない.
  • マグロは時速100キロでは泳がない
  • マンボウとペンギンの泳ぎ方は同じ

ただ,海洋生物の生態はいまだ謎が多く,気になる点は不明なことも多いです.
バイオロギング技術の発展により謎が解明されていくことを期待したいですね.

はじめに紹介した動画では,この本には「生物の本質は『次元』である」ということが書かれていると紹介されていました.
この結論が出ることを期待して読みましたが,はっきりと書かれている箇所はありませんでした.
「動物の代謝速度は体重の4分の3乗に比例して増える.これは動物の遊泳スピード,潜水深度,重力に対する縦の移動など動物のあらゆる行動に影響を与える.」
という記述はありました.
おそらくこのあたりのことを説明していたのだと思います.
若干期待はずれではありましたが,それでも面白かったです.

生物学に興味がない人にもおすすめできる一冊です.

参考資料

  1. https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/pictorial_book/z_cavirostris.html
  2. https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/pictorial_book/p_macrocephalus.html

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