はじめに
みなさんはサイバーエージェントと聞いて何が思い浮かびますか?
私はABEMA(旧称AbemaTV)やAmebaブログを連想します.
他には,スマホゲームのウマ娘やグランブルーファンタジーで知られる子会社のCygamesでしょうか.
多くの人がサイバーエージェント関連のサービスを一度は利用したことがあると思います.
本書はそんな有名IT企業であるサイバーエージェントの創業者,藤田晋氏の半生が綴られた自伝です.
生い立ちから起業に至るまで,東証マザースへの上場,ITバブルの経験などサイバーエージェントの草創期のエピソードが書かれています.
17年前に出版された本であり今ではマネできないような武勇伝もたくさんありますが,藤田氏の考え方は今の時代でも参考になる部分が多いです.
21世紀を代表する会社をつくる
藤田氏は大学生のときに名著「ビジョナリー・カンパニー」に衝撃を受け,起業の決意を固めます.
<おれは「21世紀を代表する会社をつくる」>
これは現在に至るまで、そしてこれからも、変わらぬ私の人生における目標となりました。
藤田晋. 渋谷ではたらく社長の告白〈新装版〉幻冬舎.Kindle版.
驚くべきことにこの方針は現在でも変わっていません.
サイバーエージェントのビジョンとして掲げられています.
藤田氏はどんなに苦しい状況でもこの目標を持ち続けたからこそ,今のサイバーエージェントがあるのだと思います.
サイバーエージェントはインテリジェンス(現パーソルキャリア)のオフィスの一部を間借りして始まりました.メンバーはバイトを含め5名です.
当初はインターネットを活用したサービスの営業代行を主な事業としており,ウェブマネーの販売代行などを行っていました.
仕事を得るためにアポ取りに必死でインターネット関連企業に片っ端から電話をかけたそうです.
「いいか。余計なことを話すな。相手がわからないことを言っていたら、黙ってうなずいて、時折相手が話してることを繰り返して、『―ですよね?』とか、『それはつまり―という意味ですね』とか言うんだ。あとはメモして持って帰ってこい。いいな」
「ウェブマネー以外にも、我々の事業のネタになることがあるかもしれない。何を聞かれても『できない』って即答しちゃだめだ。持ち帰ってできるようになればいいんだよ」
「難しいコンピュータに関する言葉が出てきたらできるだけメモをとってきて。帰ったらみんなで勉強しよう」
藤田晋. 渋谷ではたらく社長の告白〈新装版〉幻冬舎.Kindle版.
意地でも仕事を獲得しようとする精神はベンチャーならではだと思いますが,多くの社会人にとって必要な考え方だと思います.
この他にも創業初期の衝撃的なエピソードが多数紹介されています.
- 初めての社員旅行で訪れた旅館を出禁になる
- 営業代行していたサービスを模倣した事業を始める.しかも規約は丸パクリ
- 採用のため大学生のメールアドレスを総当り
今ではマネできないようなこともたくさんありますが,読み物としては面白いです.
ネットバブル崩壊
上場して間もないサイバーエージェントはネットバブルの崩壊に直面します.
株価が下がり続けていることに腹を立てた投資家たちは猛烈に批判するようになりました.
上場した当初は「26歳の史上最年少の上場企業社長誕生」,「若き億万長者誕生」などとさんざん持ち上げていたマスコミもサイバーエージェントを問題企業として扱い,厳しい報道を繰り返すようになります.
インターネットの掲示板でも誹謗中傷の言葉が並びます.中には社員が書いたと思われるものもあり,藤田氏は疑心暗鬼になっていきます.
あらゆる方面から責め立てられ四面楚歌に陥った藤田氏ですが,最も強烈だったのは同業者である若き起業家からの嫉妬でした.
「うちはサイバーと違って黒字です」
「あんな会社が出てくるからベンチャーのイメージが悪くなるんですよ」
藤田晋. 渋谷ではたらく社長の告白〈新装版〉幻冬舎.Kindle版.
若者が憧れを抱くような成功者のイメージを作り,後に続く者を増やしたい
と考えていた彼にとって同じ企業家からの棘のある言葉は深く刺さりました.
追い詰められ「21世紀を代表する会社をつくる」という目標を見失いそうになっていた藤田氏ですが,一つだけ決心していたことがありました.
プライドを傷つけられようが、理不尽なことを言われようが、謙虚に、忍耐強く、何があっても絶対にキレないこと、それを胸に誓っていたのです。
藤田晋. 渋谷ではたらく社長の告白〈新装版〉幻冬舎.Kindle版.
この頃最年少上場を競い合ったクレイフィッシュの松島社長が大株主の光通信から解任されたという出来事があり,これを教訓にどんな局面でも耐え忍ぶことを誓っていました.
ただそれだけでは状況は改善せず,ついに有線ブロードネットワークスへの売却を考え始めます.
失意に沈むなか宇野社長のもとを訪ねますがそこでこんな言葉をかけられます.
「おまえの会社なんていらねぇよ」
「……え?」
宇野社長の厳しい口調に、私は思わず顔を上げました.素っ気無く、なんの感情もこもらない冷たい言い方でした。
「そんな気持ちでやってたのか。よく考えろ」
藤田晋. 渋谷ではたらく社長の告白〈新装版〉幻冬舎.Kindle版.
これをきっかけに藤田氏は奮起します.
最終的に楽天の三木谷社長が10億円を投資してくれることになり,藤田氏が筆頭株主のままサイバーエージェントは存続することができました.
藤田氏は精神的に追い込まれ「21世紀を代表する会社をつくる」という目標を見失いそうになっていました.
そんな状況で手を差し伸べてくれる人が現れたのは多くの人とのつながりがあったからだと思います.
また,怒りにまかせて行動せず最悪の状況が過ぎ去るまでじっと耐えていたことも難局を乗り切った要因です.
追い詰められた状況では冷静に判断することができず,誤った選択をしてしまう恐れがあります.
この事例では衝動的に行動しなかったことが良い結果につながったのでしょう.
おわりに
起業するには多くの人の協力が必要です.
その人たちは会社または社長自身の将来に対して期待しているからこそ協力してくれるのだと思います.
期待されている分,うまくいかなかったときは厳しく責められることになります.
ただ,どんなに追い込まれても目標を持っておけばそれが精神的な支えとなり,立ち直るきっかけとなるでしょう.
目標は具体的ではなくても自分が強く望むことや心からこうありたいと思えるものであれば良いのだと思います.
大きなことを成し遂げるにはその年代の情勢や運なども大きく関わるため,藤田氏の行動をマネすれば成功するというわけでもないですが,それでも彼のストーリーは前に一歩踏み出す勇気を与えてくれます.
これから何かを始めようとしている人,あるいは目標への道中で大きな壁にぶつかっている人におすすめの一冊です.
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